私の仕事は弁護士である。

今、衆議院議員をやっているが、それ以前に弁護士でもある。

議員になってからずっと、弁護士の仕事というか、法律家のスキルというものが何なのか、イマイチ理解されていないなぁ、という感覚を持ち続けているので、メモ程度に記載しておく。

なんでこんなことを突然書くか、といえば、歴史の事実とそれを利用したイデオロギー的な自己主張の宣伝との峻別を何とかできないか、右も左も協力して現代史の事実確定とその評価に対する議論をできないか、と本日漫然と思いを馳せていたからである。

法律家の基本的な仕事は事実認定である。あまたある証拠からどんな事実があったかを確定していく仕事である。その上で確定した事実について、法律的な評価を加えていくこともまた仕事である。

ここで法律家にとって決定的かつ最も必要なスキルは、事実と評価を分ける、ということである。事実とは証拠から読み取ることのできるものを、原因行為と結果と因果関係などを明確に認定していく、ということであり、評価というのはその人間の哲学である。その人間の持っている哲学が、科学である人もいれば、法律である人もいるし、経済学である人もいるし、倫理や宗教である人もいるし、他人からどう思われるかである人もいる。何でもいいから、自分なりに評価をする。事実について争いがなくとも、評価手法(その人の持つ哲学)について争いがある場合もある。逆に、事実関係そのものに争いがある場合もある。争点はこうやって作られるのである。

事実と評価を峻別する、というのは言ってみれば当たり前のことなんだが、実はそんなに簡単ではない。人間というのは、自分の主観を通してしか物事を見ることができないので、全ての事実認識について主観のバイアスがかかる。著述家は基本的にバイアスのかかった言論を発することになるので、情報を得る側はバイアスのかかった言論から情報収集をし、そして自らの主観によるバイアスを通じて整理をして、納得することになる。これによって、バイアスが増幅する。基本的にはこの繰り返しである。そうなると、何が事実か、本当に分からなくなる。私自身も、自らが経験してきた仕事の過程で、事実と評価を分けることが当たり前の他の仕事(新聞記者や戦略コンサルなど)の方々の見ている「事実」と弁護士の見ている「事実」ですら、どの程度評価を含んだ概念までを「事実」として提示するか、という意味において大分異なるというカルチャーショックを受けたことがある。要は、事実と評価を峻別するということはかなり難しいことなのだ。

これは歴史的事実についても、当然当てはまるわけである。いわゆる従軍慰安婦に関する朝日新聞の間違った記事の記載の問題なんかは、典型的な例だ。記者が、日本を貶めて他国に媚を売る、という意図で記事を書いたとまでは私は思っていない。一番最初の記者の確証バイアスに基づく報道とそれを見たフォロワーたちの確証バイアスの連続だと思っている。事実と評価を峻別することが難しいからこそ、起きる現象なんだと思う。我々が知らないだけで、世界の歴史の教科書の中に語られている事実の中にも同じようなもの多数あるだろう。

また、評価に着いても問題があったりする。歴史学者の中には、高邁な理想を持っているが故に自分の理想とする社会像から歴史の事実を見て、評価したりする。しかし、歴史を語るにあたって、最もやってはいけないのは、現在の価値観から過去を批評することである。その当時の価値基準から見て、その当時の事実について評価をしなければならない。高邁な理想を持っている歴史家なんてものは、実は害悪極まりなくて、むしろ淡々と冷徹に法律家的に事実認定していくだけの歴史家のほうがずっと役に立つ、と思っている。

世にあふれる歴史書物の大半が何かしらのバイアスに掛かっているとすると、常に不断の多面的な考察を続けていく、ことによって自分なりの事実認識と評価を確立するという以外に方法はないだろうと思っている。その中で私が痛感しているのが、近現代史の事実への評価に、金融・経済的な視点、軍事・安全保障的な視点、そして法的な(特に国際公法的な)視点が欠けているという点である。どうも日本人には評価に自分の哲学がなく、他人の評価を気にする傾向があり、歴史事実の評価についてもその評価軸が感じられない。

金融という意味で言えば、先ほどリンクを転送した株式市場の話もそう。戦前だって、現代ほどの金融技術が発展してなかったにせよ、一定程度の金融市場が整備されていたわけで、そこには間違いなく当時の日本人の民意というか気分が現れていたはずであるし、またどの程度我が国が当時国際化していたのかも見えるはずである。今でいう対内直投(FDI)の規模感だって見えてくるかもしれない。

他にも、日本は、江戸時代には、世界で最も早く先物市場を整備した金融先進国家であった。江戸時代には株仲間というカルテル組織もあったし、また株仲間解体と自由化、という改革の流れもある。同じく貨幣鋳造(銀の純度を下げること)によってインフレを意図的に起こすなどして財政悪化を食い止める、という幕府改革の流れもある。〇〇の改革といえば新田開発、という公共事業的な歴史事実の評価だけじゃなくて、金融という側面からの評価も必要だろう。

更に言えば、日本の銀は、石見銀山の鉱脈と灰吹法による銀の精錬技術の高さにより、江戸時代の頭には、世界に対する一大銀の輸出国だった。銀は貨幣の基本であり、イギリスの貨幣単位がポンドなのも銀の重さを意味するし、米国のドルのマークが$なのも、シルバーのSを模しているからであり、銀の重要性がわかる。世界の銀の1/3近くを日本が輸出していたということは、世界の金融に対して日本が相当影響力を持っていたということでもある。こう言った評価というのは全く忘れ去られがちだ。

北方領土の領有権(加えて北千島の領有権)についても、サンフランシスコ講和条約を法的に見た評価、というところから考えていかなければならない。昔の地図帳では、北千島は白抜きだったが、今はそんなになってるものは見たことがない。本来、法的には、サンフランシスコ講和条約で千島列島の領有権を日本が放棄した後、本来その帰属は決められていないはずだ。そして放棄した千島列島の定義が、北千島までなのか、南千島(北方四島)までも含むのか、という議論のはずだ。あくまでソ連からロシアに続く占拠は事実上のものに過ぎないはず。現実と評価が異なる場合、過度に理屈をこねくり回すことは嫌われる風潮もあるが、そういった風潮こそが原理原則から考える思考方法を失わせている部分もあるので、理屈を整理しておくことも非常に重要だと思う。

ま、そんな感じで、歴史については、不断の事実の検証とその不断の評価の検証が大事だろう。今日は何となくそんなことを考えていた。