私は、第47回総選挙の直前まで選挙区替えを示唆されました。落選後も次の選挙に向けて選挙区替えを考えたほうがいいのではないか、というご意見を頂くこともあります。今日は、国会議員と選挙区の関係について、自分の考え方を述べておきたいと思います。

結論だけ先に述べると、

私は選挙区替えをする気はありません。

日本の文化というか民族性は「土地定着型」だと思っています。その結果、今の日本の社会の中において政治家として生きていく限り、選挙区を変えることそれ自体が不信の対象になりうる、と思っています。しかし、政治家の仕事をするためには、個人として信頼を勝ち取り、維持発展させていかなければならないと思うのです。だからこそ、政治家が土地に拘ることは重要だと思います。

そもそも、本来国会議員は憲法上(第43条)、「全国民の代表」とされています。国会議員の仕事は、国政課題を解決するために必要な議論を国民に代わって行い、法律の制定・予算の承認などを通じて利益分配の意思決定を行うことである以上、国会議員になるためにはどこの選挙区選出だろうが変わらないはずです。その為、被選挙権の定め方も日本国民であることが要件となっているだけです。これに対して、地方議会議員選挙では、当該自治体に3ヶ月以上居住して選挙権を持っていることが被選挙権の条件になります。全国民の代表なのか地域代表なのかの違いが被選挙権の定め方にも現れています。

英国の選挙のシステムでは、政治家が選挙区を移ることも多いとされていますし、落下傘候補も多いとされています。自党の弱い選挙区から出て、より有利な選挙区に移っていくという例があるようです。選挙区替えというものが常になると、世襲議員や地元への利益誘導ではなく、国政課題への取り組みを評価するという評価方法が構築されるように思います。全体としてそのような制度を作ることにはメリットが大きいように思います。

しかし、今現状の日本の選挙の実務では、イギリスのような運用はなされていません。議員が選挙区を移ることはあまり一般的ではありません。国会議員は地域に密着することが当然とされており、地域の声を国政に届けることが一つの仕事とされています。選挙では既存の支援組織の強さや地縁血縁学校縁の強さがモノを言います。その結果として世襲議員も多いです。

政治の世界に入る前には、なぜ国会議員が地域に根づくことが重要視されるのか、正直よくわかりませんでした。世襲なんてなくすべきだし、イギリス型の選挙区を移り変わっていく運用こそがあるべき姿だと思っていました。しかし、2年半近く地元の多摩区と麻生区を隈なく回ってきて、地域の方々とコミュニケーションを取ってきた結果、今では日本の選挙実務は日本の文化・風土に合致しているのであり、現時点においてはそれが正しいと思っています。

その理由は、端的に、日本が土地定着型の社会なんだということに尽きると思います。日本人は農耕民族だと言われ、そして日本はムラ社会だと言われます。人は、土地に定着し、学校社会や地域社会の当事者として社会に関与をしていくことが求められており、その延長線上に国政があると思います。今でも日本では土地に定着することによって、人間としての信頼が厚くなる、という考え方があるように思います。そして、合理的に分かりやすい理由(仕事上の理由とか子どもの学校に通いやすいとか)なく転々と引っ越している人については、前に住んでたところで何かあったのかもしれない、と思われたりすることがあります。

私は、東京都八王子市で生まれてから、神奈川県相模原市に1年弱、八王子市で22年程度、埼玉県和光市で合計1年、石川県金沢市に1年、東京都港区に2年、東京都文京区に5年、ロンドンに1年、ニューヨークに1年、東京都三鷹市に1年半、川崎市麻生区に2年半と転々としています。

元々、私にとって、川崎市麻生区は、高校生の時に毎日通学に使っていた柿生駅がある場所であり、高校時代から大学2年生くらいまでの間の主な遊び場の一つである新百合ヶ丘がある場所、ただそれだけでした。20年経過して、私が留学から帰国して国会事故調の仕事をし始めた頃から、妻が多摩区内に勤務をするようになり、続いて私と妻が麻生区に住むようになりました。初めて自分の意思で定住しようと思って住んだのがこの地域です。そして、この地で政治の仕事を始めました。

私にとって八王子に住んでいた期間が一番長いですが、八王子市内でも4回引越しをしていること、幼稚園から高校2年くらいまでと一番長く住んでいた場所でもいつか引越しをすると親から言われて住んでいたこと(4回目の引越しまでずっと賃貸だった)、その結果として学校とボーイスカウト以外殆ど地域社会と交流をしてこなかったこと、何より早く八王子を出て世界を股にかけて仕事したいと思い続けてきたことなどから、正直自分自身、町への愛着はあったものの、町の中の人達との強い絆を強固に感じては来なかったと思います。

これに対して、麻生区に住んでからのこの2年半、生まれて初めて、地域のことを勉強し、地域に貢献しようと努めてまいりました。全く地縁血縁もありませんが、地域の高校を卒業したという学校縁と導いてくれる友人知人だけを頼りに、ゼロから色々な方々と交流をしてきました。多摩丘陵を開発して作った戸建て住宅中心の古めの新興住宅地とマンション群で構成されるニュータウン、そしてまだまだ農村が残る景色。どれを取っても自分の原風景に近く、それでいて非常に文化程度の高い町であり、私はこの町に定住したいと思ったのです。先に述べた「土地定着型」の民族性を考えると、日本の社会の中で信頼を勝ち取るには、まだまだ土地に終生住み続けるという覚悟が必要であるように思います。私にとって生まれて初めてそう思った場所がこの町だったのです。

選挙区替えをした政治家に対して、直感的に前の選挙区から「逃げた」とか「捨てた」と思う人がいると思います。自分が「政治家でい続けたい」がために「節操無く選挙区を移った」、そう感じる方も多いでしょう。その感覚こそが答えだと思います。日本人の考え方の中で、土地は重要な役割を果たしているのではないかと思います。選挙区を変えることそれ自体が不信の対象になるのではないかと思っています。

他方、選挙区調整という文脈では、「野党同士が潰し合うことによって、自民党を利しているだけ。だから野党候補者を一本化した方がいい。」という言論を聞きます。

政党がどこにこれから候補者を立てるか、という大局的な選挙戦術としては正しいでしょう。潰し合わないように新人候補を立てたほうがいいに決まっています。

しかし、有権者の側から見ると、選択権の幅という観点からは決して適切ではないように思います。有権者にとっては、自分の考えに近い候補者を選択できる自由があることのほうがはるかに大切です。異なる政党であり、考え方が異なる以上、ただ野党というだけで一本化するのは有権者に対しても不誠実なのではないかと思います。

政治家個人の視点で見ると、野党同士で潰しあったとしても勝ち抜ける候補が本物なのであり、有権者から信頼を勝ち得たと言えると思います。政党が候補者をどこに立てるかという大局的な観点で見て正しそうなことであっても、一人の政治家としての生き方として選挙区を移動することは正しくないと思います。一つの選挙区で信頼を勝ち得ない候補が他の選挙区で信頼を勝ちうるとは思えません。こういった候補者は、国民から政治家として求められていない、というだけであって、政治コミュニティの中で淘汰されるのだろうと思います。選挙区を右へ左へして数回は生き残ったとしても、最終的には国民からの審判によって淘汰されるのだと思います。要は選挙は全人格勝負であるので、国民から見て信頼を勝ち得る者のみが生き残るだけです。

私自身は、少なくとも今回の選挙において、この多摩区と麻生区の有権者から認められる本物ではなかったというだけに過ぎないと思います。だとすると、当然ですが日本全国で見ても有権者から認められるに足りる本物ではなかったということでしょう。次の選挙までに、自分が有権者から認められる本物に成長できるかどうか、そういう己との勝負を続けていくだけです。今年の年始に立てたスローガン「克己復礼」は、そういう思いを込めています。

今回、維新の党の神奈川県第9区支部の支部長再任については継続審議となりました。しかし、私は、引き続き日本を改革していくために、この町で今やるべき事を精一杯行い、我が国の発展に貢献し続けていきたいと思います。

まだまだ未熟者ですが、ご支援賜れれば幸いです。

椎名つよし