12月16日に投開票が行われました第46回衆議院総選挙に当選いたしました。

笠  浩史 民主党 67448
中山 展宏 自民党 58370
椎名  毅 みんなの党 41454
堀口  望 共産党 15773

得票率は22.65%でした。惜敗率61.46%ということで、比例南関東ブロックのみんなの党3議席目に滑り込みました。

この惜敗率という概念がイマイチ分かりづらいと思います。
小選挙区比例代表並立制においては、立候補者は「小選挙区選挙」と「比例代表選挙」に重複立候補することができます。小選挙区選挙では、得票数が一位になった立候補者が当選を果たすことになります。比例代表選挙では、日本を11の選挙区(ブロックと呼びます)に分け、各ブロック内において政党が獲得した得票数に応じて、各ブロックにおける政党の獲得議席が確定します。通常、政党が作成した比例代表名簿の順位順に当選者が決まっていきます。しかし、この名簿において政党が複数の重複候補者を同一順位にすることがあり、この場合には、候補者の惜敗率を求め、惜敗率の高い候補者から比例名簿の順位が決められていきます。
名簿順位は、みんなの党の南関東ブロック内での立候補者すべて同列1位となっており、小選挙区選挙で落選した候補者の惜敗率が高い順にみんなの党が南関東ブロック内で獲得した議席(3議席)に当てられることとなりました。私の惜敗率がはみんなの党の南関東ブロックの立候補者内で3番目だったので、3議席目に滑りこむことができました。なお、この小選挙区比例代表並立制というヘンテコな制度では、小選挙区選挙で落選が確定した後は、みんなの党の同じブロックに所属している立候補者との間で惜敗率の競争になってしまうわけです。同じ党内の同志でこういった競争が生じてしまうことに違和感を禁じえません。。。

公職選挙法第178条7号により、当選の御礼のため当選人の氏名又は政党の名称を言い歩くこと自体が禁止されています。
従いまして、本ブログは御礼を申し上げる趣旨ではなく、あくまでも当選の事実の報告、選挙期間の振り返りと今後の抱負を申し述べさせていただきます。

結局支部長就任から3ヶ月弱。準備もままならない中で選挙期間に突入していきました。
9月下旬から10月一杯までの当初の一月半については、私一人で活動をしており、朝は駅頭、昼以降はビラの作成や事務手続きなどを行い、土日休日にお祭りに行って地元の方々とコミュニケーションを取るということの繰り返しでした。
11月になってようやく一緒に戦ってくれる仲間を得たのですが、その直後衆議院解散という状況になりました。

解散以降は怒涛の日々で、あっという間に選挙期間に突入していきました。
民主党は神奈川県内で唯一選挙区で勝てると想定している場所であるので、攻勢をかけてきました。
野田総理は、選挙前も含めて2回、選挙区内に入り、他にも岡田幹事長、前原大臣などの大物が選挙区内に入ってきました。
自民党もこの選挙区を取れば、小選挙区ほぼ全勝(みんなの党がとった神奈川4区、8区を除く)ということなので、攻勢をかけてきました。
安倍総裁、菅幹事長代理、河野太郎さん、片山さつきさんなど大物が続々選挙区内に入ってきました。

そんな中、私も何とか当選を果たすことができました。
党三役に選挙区入りしていただいた他、国会事故調の元委員や前職の元上司などに選挙区に来ていただき、応援をしてもらいました。

いろいろな方々に対して申し上げたいことはたくさん有りますが、上記のとおり法律上御礼を申し上げることができないので、その代わりに抱負を申し述べます。
私も、自分の実力で当選したわけではないことは十分承知しています。
私自身、皆さまが私に託してくださった思いを、胸に刻み込んで、責任感を感じております。
私に対して頂戴した期待に答えられるよう、精一杯頑張ってまいります。
加えて、惜しくも落選してしまった同じ党の同志から託された思いにも答えなければならないと思っています。

国会で日本のため、国民のために仕事をすることこそが、私の果たすべき役割です。
これからが本当の戦いとなります。
37歳、当選一回と大変若輩者ですので、今後とも、ご指導・ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い致します。

※多くの方からお祝い・激励のご連絡を頂いておりますが、あまりの多忙さにお返事が個別にお返しできていません。
ご理解とご了承を、よろしくお願い致します。