私は、東日本大震災直後から、ニューヨークの大学院での募金、帰国後継続的に行った瓦礫片付け、友人らの経営する現地NPO法人への法的支援、原発事故の調査など様々な形で震災・原発事故からの復興に貢献しようと務めて参りました。そのため、選挙戦中からずっと、東日本大震災・原発事故に罹災した地域の早期復興を重点政策の一つとして訴えて参りました。当選後の委員会の選択にあたり、私は災害対策特別委員会・原子力問題調査特別委員会の仕事を選びました。これらの仕事をするにあたり、現場の声を踏まえた地に足のついた議論ができるよう、通常国会前に罹災地を再訪しようと考えておりました。

石巻は人口16万人を抱える宮城県第二の町です。この町は、東日本大震災に罹災した結果、3700人を超える死者・行方不明者を出すなど甚大な被害を受けました。石巻市は、私が2011年6月に留学先ニューヨークから帰国後何度か復興のお手伝いに来た場所でもありますし、また、たまたま友人のO氏が継続的に支援に訪れている場所でもありました。このような縁もあり、通常国会前の視察先に石巻市を選びました。O氏に案内を頼むことにより、今現場で実際に復興に動いている方々の生の声を聞こうというのが主目的です。加えて、石巻市に隣接する女川町にある東北電力の原子力発電所(福島第一と同様にBWRのマークI型の発電機を使用しています)は、震源地に最も近い場所にある原子力発電所であるにも拘らず大きな事故には至らなかったということで、国会事故調時代から一度話を伺いたかった場所でもありました。この機会に女川原発にも訪問することとしました。

まず、林宙紀衆議院議員のアレンジにより、石巻市役所を訪問しました。市長の亀山紘氏、市議会議長の阿部和芳氏他多数の方から、石巻市が現在抱えている課題及び国政への要望を頂きました。

石巻市の現在の復興状況について、市長・市議会議長から“石巻市の復興状況について”という書類をもとにご説明を受け、現在の課題についてご説明を受けました。

震災復興にあたり、国、自治体、民間が役割分担をしながら行わなければならない事は沢山あります。震災後から約2年経過した現時点においては、やるべきことが緊急時の罹災者生活支援、災害廃棄物の処理という「復旧」政策から、農業・水産業・水産加工業・商工業などの産業の復興・地域経済の回復、住宅の再生など住まいの確保、学校などの社会インフラの整備という「復興」政策へ変化しています。
これら復旧・復興に関する大きな前提として、地盤の嵩上げ、道路の整備、そして下水道の整備という基礎的なインフラの整備が重要になっています。石巻市では、面積の13%(平野部の3割)が浸水し、地盤沈下も起きていますので(牡鹿地区の鮎川では1.2m、渡波地区では0.8m程度)、産業の復興・住まい確保のためには土地の嵩上げとインフラ整備、住宅の移転先の高台の土地確保などが最も行わなければならないことです。

石巻市は、現在、東日本大震災復興特別区域法(平成23年法律122号)に基づく復興交付金事業として、防災集団移転促進事業、災害公営住宅建設事業、土地区画整理事業、街路整備事業といった事業を行っています。

これらの事業を行うにあたり、同市は様々な課題に直面しています。そのいくつかを例示しますと
① 復興交付金の使途が定められており、使い勝手が非常に悪いこと
② 嵩上げに使える制度が限られており、嵩上げを行うことが難しい地域が出てしまうこと
③ 事業の実施年限について、厳し目に設定されており、現場のニーズに叶っていないこと
④ マンパワー不足と手続きの煩雑さによる事業の遅延

最後に、阿部市長から、“東日本大震災に対処するための要望書”を頂きました。熟読させていただきましたが、非常に示唆に富んでいます。今後の活動に大いに活かしていきたいと考えています。